2006年 11月 21日

そんな中で、聞き入ってしまったのが朗読のテープ。作品は向田邦子の小説だった。もちろん本ではほとんど読んでいるのだが、朗読では、読み手の語り口によってずいぶんと受けるイメージが違ってくる。向田邦子を読むとなると、男性では硬いし、女性でも若い人は合わない。そこそこの人生経験を積んだ人でないと、人生の機微、男女の機微にあふれた向田ワールドの雰囲気は出せないだろう。
私の聞いた声の主は女優の加藤治子さんだった。加藤さんといえば向田作品ではおなじみだ。先般亡くなったTBSテレビの久世光彦監督の新春シリーズや寺内貫太郎一家などで良妻賢母を演じている。いつも家にいて、台所の片隅でまな板に向かいながらも、家族それぞれの行動をずばりと見通している、といった母親役である。
朗読の作品は「花の名前」だった。確か「思い出トランプ」に出てくる一話で、名作なのでご存じの向きも多いだろう。
主人公は品行方正な女性。お見合い結婚をする。相手は無骨な男なのだが、お花を習って花の名前を教えて欲しいと言われ、彼女は忠実にもずっとそれを守り続け、夫に花の名前を教えるのだが・・・といった話である。
月日は流れ、しだいに変わっていった夫は、やがて愛人をつくる。名前は「つわ子」。花の名前だった・・。
つわ子が主人公の女性に電話をしてくる。そのくだりで、「つわぶきのつわっていうんです。」と言う一節があった。
つわ子はなげやりで、どちらかというとだらしのない女。主人公とは正反対の性格である。ドラマは朗読だから声だけなのに、読み手の声の調子や言いまわしで、つわ子という女の輪郭が鮮明に浮き上がってきた。
つわぶきとは隠花植物。それは明るいおひさまの光が似合わない愛人の身の上を語っている。
さらに考えてみれば、「つわ子」なんて名前は実際にはありえない名前。まさに話がつくりものであるということも語っている。
「つわ子」の一言に込められた、向田邦子のメッセージと加藤治子の演技力。さすが人生の達人たち、見事である。
KEI
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by kmd-design
| 2006-11-21 00:22
| Book & Cinema